偶有性の海を生きる

無限の海を渡るのが、シンクロニシティを生きることの本質だといった人がいた。

それは、偶有性の海を生きるのと似ていると私は思った。

人は様々な条件の中を生きているが、未来を予測することはできず、いま起きていることが未来を作っていく。

どうなるか分からない将来を、暗に含んでいるのが身体感覚である。このからだの感覚から生まれてくるプロセスが、未来を作っていく。そのことは生きる希望であり、個々人が、その置かれている星の元で、自らの手で人生を肯定的に生きていくことを可能にする哲学である。

このからだの感覚を感じながら、それを土台として人生を生きていく能力は、ある種のリテラシーであるという。私はそれを磨いていきたい。磨いて磨いて磨いていき、宇宙の星屑になる。やがて宇宙の塵として消える?その先は?ぼくはどんなことを予感しているだろう?

それはいま言葉にならないが、かすかな感じとしてわたしのからだのうちに予感としてある。それにタッチして感じ取ることを人生の習慣にしよう。私は毎日そんなふうに生きていこう!そして自分自身を変革し、新しい自分を創っていこう。新しい人生を作っていこう。

打ちのめされても立ち上がり、失敗しても元気を取り戻し、何度も何度もそれに戻って、やり直そう。そこには希望がある!他者と相互作用して、環境と対話して、社会を変えていこう!それは、小さな、静かな革命なのだ。わが心の小さなかけら、深い海から始まる・・・。