蓮實重彦氏がフィクション論(引用)

「書かれたものはすべて眠っている。読むことは、睡眠状態にある記号を起こすこと。いま日本で一番行われているのは、眠っているものを眠ったままに話をまとめてしまうことです。まず、眠っているものを起こす。起こすと、自分も揺らぐわけです
それは、ひたすら「分かりやすさ」を追求し、既知の言葉に還元してすべて分かったとかたづけようとする、この社会の言説に対する痛烈な批評とも読める。
例えば自身批評の対象とするスポーツの世界にも、同様のことが起こっていると感じるという。観戦に行くと「周りは全員、評論家」。スポーツが一瞬ごとに突きつけてくる「目覚めよ」ということに鈍感で、「自分の知っている言葉に翻訳」してばかりいる。
「世の中には自分の分からないことがあると分かることが、生きること。その意味では、生きることを放棄していると思います」(読売新聞、2007/06/19、朝刊、文化(18))